塾紹介 of 理創塾

理創塾の理念



◆ 新座市にあった「教学館(きょうがっかん)」という塾に、専任講師として入ったのは、今から30年以上前、20歳になる直前のことでした。

◆ 新聞の求人を見て、近所(練馬区上石神井)の塾に軽い気持ちで応募したら、本部は新座市(私は、しんざしと読んでいた)にあって、そこでちょうど専任が足りないから行ってくれと言われ、大学に退学届を出し、電車とバスを乗り継いで通うようになりました。なお、大学にはその後再入学し、試験の時だけ通って8年目に奇跡の卒業をしました。

◆ この仕事が性に合ったのか、充実した日々を送ることができました。給料日に経営者が姿を隠すぐらいの自転車操業でしたが、徐々に生徒も増えていき、数年後には県道沿いに3階建の自社ビルを構え、ピーク時には400名を超える塾生が通いました。志木、和光、みずほ台などにも分校を出していきました。

◆ そんな中、本部の責任者を務めていた私は、朝霞台に暴力うそつき塾があることを聞き、「許せない!」、斬り込み隊長として出ることを志願しました。一定の成果を挙げ2年が過ぎたころ、突然、みずほ台教室への辞令が出されました。悪質な取り巻きたちによる陰謀でした。私は「アルバイト講師でもいいから、あと1年、朝霞台でやらせてほしい。」と頼みましたが、既に正常な判断力を失っていた経営陣には届きませんでした。緊急避難として作ったのが、「理想」を「創る」塾、『理創塾』です。1990年のことでした。経営者になんか絶対なりたくなかった私ですが、なんとか滑り出すことができました。

◆ 塾など必要のない社会が一番ですが、塾があるうちは最もマシな塾でありたいと思います。

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